Loading...
大学生自己紹介

とりあえず、自己紹介します。


はじめまして。

 

 

勢い余ってフォントサイズも変えてしまいました。うみんちゅ(佐々木海斗)と申します。

なぜブログを始めただとか自己紹介だとか、今から書くので黙って見てくださいお願いしますなんでもしますから。

 

このブログを始めようとしたきっかけは、僕らしくカッコよく述べるのならば、変わらぬ平凡な日常に飽きてしまったからですね。

 

 

もしかして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

スベりました?

 

 

 

というわけでまぁ真面目に言うならば、筆者は某大学の大学一年生として一応生活しているのですが、とにかく暇なので。そこで、ブログ書いちゃおてきなノリ(危険)で書き始めた次第でございます。

 

 

この時点でブラウザバック押そうとした方、ちょっと待ってください。

いまから自己紹介しますよ。さっきのように簡単にはスベらないように真面目に書くので、最後まで読みましょう。それではいきます。

 

 

生年月日は、1999年6月26日です。父と兄は漁師、母はトリマーの仕事をしてます。

1999年といえばあれですね。ノストラダムスの大予言に魔王が来て世界が滅びると言われた年ですね。まぁ僕はRPGとくにドラゴンクエスト大好き芸人なので、

 

なんかちょっとかっこいい・・・

とか思っていたアホです。

 

あと1999年生まれといえば、2000年生まれに、

おれら1900年代生まれだけど??卍卍(ダブルまんじといいます)

 

とみんな威張るのが特徴ですね。そうですよね。

 

 

生年月日でこんなに書いていたら全く進まないので、ここからはさらさらと書いていきます。

 

 

そんなこんなで、画質は粗めですが、僕の小学一年生の写真がこちらです。

 

 

 

僕はど~~~こだ!!

 

 

といわんばかりの表情ですね。彼はかくれんぼが好きなのでしょうか。好きかどうかはともかく得意なのは間違いないですね。

これ、驚きなのは授業中というところですよね、こっち見んな

 

この写真で皆さん、不思議に思うところはなかったでしょうか。

 

 

そう、人数が少ないんです。僕の小学4年生までの同級生の人数は、

5人でした。

 

 

年度にもよりますが、全校生徒も約25人でした。

 

ここまで人数が少ない学校は珍しいのではないでしょうか。

 

良い点も、勿論ありますよ嘘じゃないですよ。

運動会の競技に、ドンコという魚を運ぶドンコ掴み競争という競技があったりしました。

 

とてもいい小学校だったのですが、人数の少なさから小学5年生になる年に閉校してしまい、隣の町の大きめの小学校に転校することになったんですね。

 

廊下で話したことがない人間とすれ違うという感覚がとても新鮮だったのを今でも覚えています。今までとても小さなコミュニティで猿のように生きていた少年は引っ込み思案に・・・

 

 

 

ならず。

みなさんお分かりいただけただろうか・・・周りの生徒はノートや教科書を見て考えながら挙手しているにも関わらず、少年は「先生!良くわかんないけど当てて!」

といわんばかりの表情でこちらを見ているのだ。(絶対分かってない)まさに・・・

捨て身の心。

 

転校したての、初々しい気持ちはどこへ消えていったのか・・・

そしてこの少年、小学一年生の頃に犯した過ちを恐ろしくも繰り返しているのである。

最も怖いのはこの写真、卒業アルバムに載っていることだろう。

 

小学校での6年間で彼が気づいたことは、

 

手を挙げるときは、両手ではなく片手

ということだけであった。

 

 

 

桜が満開の心地よい風が吹かれながら、そんな僕も中学生になります。

 

どの生徒も新しい友達、部活選びにドキドキしている中、僕は先輩の

 

「ジュース奢るから、バスケ部入れよ。」

という明らかに交渉すらも成り立っていないような言葉を受けました。

全く興味のないバスケットボール・・・。いくら仲のいい先輩の言葉だからといって簡単に僕が入るわけがなく、

 

僕は、バスケ部に入部しました。

素早いフラグ回収、ありがとうございます。

 

 

そんな中学校生活を送る中で、ある音楽の先生に出会いました。めちゃくちゃ怖かったですが、この先生がいなかったら、間違いなく今の僕はいません。(ちょっとかっこいいこと言った)

 

クラス合唱の指揮者を決める音楽の時間。思春期真っ只中の中学生達は、もちろん誰も立候補するわけなく。僕も誰かやれよ~と外側からのガヤの1人でしたが、その先生が

あんた指揮者やれば?卍

的な感じで指揮者となってしまいました。

 

そのとき先生は、「音楽のリズム感は運動神経の一種。あんたしかできない!」

と言ってくれましたが、どう考えても僕は周りより声変わりが早く、全く高音が出なかったためパート決めテストの時に、「あんた、ほんとに声出ないね・・・」

と言われていたので、指揮者を押しつけたかったからなのかもしれません。(怒)

 

 

なってしまったものはしょうがない、恥だけはかかないようにしようと、

とにかく課題曲を聞きまくりました。

 

文化祭当日、クラス合唱が訪れます。合唱には金賞、銀賞とあって個人的な部門で指揮者賞というものが全校で1~2名選出されます。

 

一年生の僕は我関せずでした。

 

きたる指揮者賞の発表。普通に隣の友達と雑談していました。(話聞け)

 

「指揮者賞を発表します、1年B組 佐々木海斗」

 

 

 

はい?

 

なんかやらかしたっけ・・・ついにヘルメットなしでチャリこいだのがバレたか・・・スクールバスのおじさんがうるさすぎてついにしびれを切らしたか・・・

 

と理解が追いつきませんでしたが、受賞してしまいました。(その後の2年間もいただきました。)

 

 

と、まぁ周りに流され続けた中学校生活でしたが、なんとか卒業することができました。

ここでも僕のアホ(クソ)っぷりを見せる画像を貼りたいところですが、

修学旅行でのディズニーランド帰りで浮かれ気味の僕の写真しかありませんでした。

 

夢の国で夢を見たまま僕は高校に入学します。

 

 

きたる高校生の春。期待と不安でいっぱいの僕に待っていたのは、伝統の応援練習

でした。ぼくはあの一週間ほどつらい一週間を過ごしたことはありません。

 

何種類もあり、それぞれ3番まで覚えていないと怖い先輩に怒号を浴びせられ、少しでも分からないと前に立たされて、さらし者にされました。倒れたり泣いたりする友達もいました。

 

ぼくのようなアホな人間は全く覚えていなかったので、めちゃくちゃ怒られました。

 

 

何が応援団だ、何が伝統だ・・・終わった後も怒りでいっぱいでした。そして僕は、

 

 

 

副応援団長となりました。(この画像は衣装なので日頃はちゃんとした学ランを着ています。)

応援練習を終えた母校のみなさんは分かると思いますが、応援団本当はやさしいんです。特に僕はそれに加え、知的でイケメンです。分かりやすいようにマーカー引きました。

 

 

 

さて小学、中学と調子に乗り高校でも変わらず調子に乗っていた僕を見せたいのですが、修学旅行の写真くらいしかありませんでした。

 

 

 

 

 

 

反省していなかった。

こっち見てないでお坊さんのありがたい話を聞け!

 

 

 

おもうと道を踏み外したのは、小学一年生からでしたね。

 

小学校から高校にかけて学んだことは、写真写りは主張が激しすぎない方がより面白いということでした。ありがとうございました。

 

 

 

 

長々とここまで読んでくれた方、お礼は言いません(いわゆるツンデレのツンの部分です)。

 

これから、考察や日記を含め様々なことをブログに残していきます。やりたいこともたくさんあるので。

よかったら、SNSのアカウントの方もフォローしてくださると嬉しいです。

twitter →@uminchublog

instagram→@uminchugram_06

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


9 comments
コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です